さきほどの高い建物からみると、とうぜんですが
街には終わりがありました。
とくに行くところをきめていない子ども達は街のはじをめざすことにしました。
夜の世界はいぜんとして深く、こわいものでしたが
子ども達には、名前と、そして仲間がいます。
子ども達は楽しさで胸をいっぱいにして、しゃべりながら歩いてゆきました。
「これから生まれるんだっけ?」
「そう、これから旅をして生まれに行くのだって聞いた」
ユキの言葉をうけ、イアンはそうかぁと返すだけで、とくに
うれしそうでもなく、かといって悲しそうでもありませんでした。
「イアンは楽しみじゃないの?わたしは楽しみだけど!」
「私も楽しみ、かな」
ユキと同じ!とベルはユキに抱きついているのを横目にみつつ、
アンリはどこか不満そうな顔をしています。
今度はユキがアンリに、楽しみじゃないのかと問いかけますが
アンリは少し考え込むようにして言葉を返します。
「いや、オレも楽しみだけどさ。おもしろくない、とは思うわけよ」
「ああ、ぼくもそう思うなぁ」
だろ?とアンリとイアンは見つめ合って、ため息をつきます。
よく意味がわからないベルはすなおにその理由を聞きました。
「ようするに、さっさと生まれさせばいいじゃんって思うんだよね」
「旅する必要なんてあんのかな」
やや投げやりそうに言うアンリを見て、ユキはようやく分かったような気がしました。
みじかい付き合いではありますが、アンリは「知りたい」という気持ちがとても強い子だったから
この暗くて何もない世界はアンリにとてもたいくつな思いをさせていたのです。
そのうえ、ややものをななめに見るアンリにとって、
ただ、上から決まったように「旅をしろ」といわれることも、おもしろくなかったのでした。
そして、イアンの方はというと、
この暗い世界がきらいになってしまってからというもの、早くここから出してほしいのに
旅をするのはいやだなぁというところでした。
「もちろん。生まれる前に色んなこと学んでほしいからなのよ」
とつぜん、すずがなるようにきれいな声が子どもの後ろから聞こえました。
おどろいて子ども達がふりかえると、そこには
きよらかで、あまりにうつくしい女の人がそこにいました。
髪は光を束にしたようなまばゆさで、その身にまとう衣はすみきった青色
身をかざる花は美しく、かぐわしい香りをはなっています。
にっこりと女の人がほほえむと、くらい夜の世界でさえもほほえみ返すような
美しさでした。
しかしアンリはとくにおどろくこともなく、ああこの人が と
おもしろくない事を言ってのけた本人だとわかったようで、女の人にといかけます。
「どうせ生まれてからも、いろいろと学ぶでしょ。そしたらさっさと生まれたほうがよくない?」
「生まれてから、つらいことがあってもうまくのりこえるよう、学んでほしいのよ」
「この旅は、つらいことがあるの?」
ここでイアンは不安そうに女の人に問いかけます。
女の人は、少しかなしそうな顔をして答えます。
「ええ、それなりに。でも、大丈夫よ。」
「どうして、だいじょうぶといえるのかな」
アンリは意地悪くにたりと笑いました。
夜の世界はそれがおもしろくなかったのか、くらやみを深くさせて
ゆきましたが、女の人は気分を悪くさせることもなく、ただ
目をぱちくりとさせて、不思議そうにアンリを見て、
当然のことのように言葉を返します。
「人は、たいていのことを乗り越えられるようにできているのよ」
「そうやって、人は歩いてきたわ・・・・だけど」
「だけど?」
今度はユキが彼女に問いかけます。
ベルはユキの手をにぎりながら、じっと女の人を見上げていました。
「ほんの少しだけ、人にもできないことがある。」
「そんな時に、色んな形でほんの少し手をさしのべるのが私の役目なのよ」
「人はそれを、『奇跡』とか、『導き』と言うみたいね」
「ぼく達にとっては、それがこの旅なの?」
イアンが最後に問いかけると、にっこりと女の人は笑いました。
ようするに、この子ども達にとって必要な『奇跡』『導き』は、
生まれる前に旅をして色んなことを学ぶことらしい、その答えを
ユキはみちびきましたが、この女の人はいつも言葉がたらないなぁと
そんなことを思いました。
イアンとベルはその言葉でこの旅の意味を分かったようで、
アンリの方は、おもしろくないという気持ちをかくそうとはしませんでしたが
女の人はいっこうにその様子に気づきませんでした。
その姿を見て、この女の人はすこし人の気持ちににぶいところがあるなぁと
そんなことを思っていると
女の人は街の向こうを指さしてほがらかに言います。
「このまままっすぐいくと、街のおわりにたどりつくの」
「そこから下を見ると、道が見えるからそのまま道なりに行くといいわ」
そうして満足したのか、女の人は子ども達の言葉を待つことなく
引き返してゆきました。
ユキとイアンが彼女をひきとめようとすると、
すっかり女の人のことなどどうでもよくなったららしいベルとアンリは
街のむこうに歩き始めており、
ユキがどうしようととまどっていると、もうベルは街のはじについたようで
こちらをよんでいます。
イアンとユキはためらいましたが、あまりにベルの笑顔ですてきだったので、
しかたがないという風に、つられ笑いをしてベルの手のふる方へ歩き始めたのでした。
2011.08.07