3人で楽しく歩いていると、街の少し高いところに
空に浮かぶようにして、あかりがともっていました。
この夜の世界は、あまりに暗いため
その光はアンリ達のところまで届いています。
とくに行くところを考えていなかったこともあって、
アンリは、そのあかりを近くで見たくなりました。
「近くにいってみよう」
もしかしたら何かあぶないことがあるかもしれない なんて
考えているのか、それともそんなことはどうでもいいと思っているのか
アンリはユキ達のことばを待たずに走ってゆきました。
すると、ベルも楽しそうだと思ったのか、彼のあとをついていき、
あまったユキは、こまった顔で走り始めました。
あかりに近づいていくにつれ、
そのあかりは思いのほか、高いところにあること
そして、
小さい男の子があかりの近くにいることがわかります。
そして、男の子がしくしくと泣いていることも。
それを見たアンリは顔をしかめ、ユキの方をふりかえります。
「オレ、こういうの、苦手なんだよね。なぐさめるってやつ。」
じゃあ私がやるわ とベルが笑顔で言いだす前にアンリは
ベルの口をおさえます。
アンリの目は、これはユキの役目だとしっかり言っていました。
それをうけて、ユキはしかたがないとばかり、ため息をついて
足をすすめます。
少年は、こわれかけの高い建物の一部にすわっていましたが、
少年に近付くには、ぼろぼろの階段をのぼってゆかねばならず
一歩のぼるたび、街が下のほうに遠のいてゆくのがわかりました。
ユキは思わず、ぶるりと肩をふるわせ、街ではなく階段だけに気持ちを向けて
一歩ずつのぼってゆきます。
そうしていると、階段がいつのまにか終わり
もともと建物の壁だったものが空につきだしているように一部ぶんだけのこっていて
そこに少年が座っているのに気付きました。
「怖いの?高いところ」
泣くのに必死だったのか、はじめてユキに気づいたようで
少年の肩がびくりとふるえました。
少年の目はなみだでいっぱいになっており、ひとみの色がみどりなこともあって
宝石のようにきらきらときらめいています。
きれいだなぁ ユキはそんなことを思いながら言葉をつづけました。
「わたしはね、ユキというの。あなたは?」
「イアン。」
女の子に泣いているところを見られたのがはずかしいのか
イアンは手で涙をごしごしとぬぐって、つとめてふつうの声を出そうとしていました。
それでも声はふるえていたし、目もきらきらとしていたけれど
ユキは気づかないふりをしました。
「べつに、高いところが苦手なわけじゃないよ」
「・・・そう。」
「ほんとだよ!・・・ぼくがこわいのは・・・」
ここで、イアンは何かがこわくて泣いていたことをうっかりこぼし
言葉をつまらせました。
高いところがこわくて泣くのと、今から話すことで泣くのと
どっちがよりなさけなく聞こえるのか少年には分からず、
しばらく言いよどんでいるようでした。
「・・・夜がこわいの?」
「・・・君って頭がいいんだね。でもちょっとちがう」
少年はとても小さな声で、この世界がこわい と言いました。
それからぽつりぽつりと話しはじめます。
さいしょに目がさめた時、ちっともこの世界はこわくなくて
むしろ安心したこと。
ただ、色んな人にあって、よくわからないことを言われて
不安になったこと。
走っているうち、自分はひとりぼっちなんだと思ったこと。
そうしたら、夜のこの世界が急にこわくなったこと。
「・・・そう。たいへんだったのね」
ユキはにっこり笑って言いました。
まっすぐ言われたことにおどろいたのか、イアンは目をそらして
また言葉をこぼします。
「なさけない、って思ったでしょ?」
「どうして?こわいものは人それぞれじゃないの?」
すっかりいじけきってしまったイアンは思わずユキの目をみてしまいました。
ユキの目は黒めがちでしたが、夜の色とちがってあたたかな色をたたえています。
「私はね、この世界はこわくないけど、高いところがこわいの」
「もしそこに私がいたなら、きっとこわくって泣いちゃうわ」
「・・・そうなの?」
イアンは本当にふしぎそうな顔をしました。
ためしに、自分の座っている ほそいほそい棒のような地面や
その下に小さくなっている街を見て見ても、まったくこわい気分にはなりません。
ためしに立ちあがってみても、ちょっと前より高くなるような気分がするだけで
こわくはありませんでしたが、ユキの顔は前よりこわばっているのは分かりました。
「こわいの。見るのだけでも。でもそれをはずかしいとは思わない」
「どうして?」
「とくいなこともこわいことも人それぞれだもの。こわいことはできる人に手伝ってもらえればいいし」
いまいちしっくりこないのか、イアンは首をかしげました。
ユキはため息をついて、はずかしそうに、しばらく時間をかけてから
やや投げすてるように言いました。
「もし夜の世界がこわくてイアンが泣いているなら、私は笑って『だいじょうぶ』って言ってあげられる」
「もし高いところがこわくて私が泣いているなら、イアンは笑って手をさしのべてくれるでしょう?」
「そういうことなのよ、きっと。人が人といっしょにいるのって」
イアンは目をぱちくりさせて、少しはずかしそうにしているユキをじっと見ました。
そうして、イアンはようやくにっこり笑って、ユキのいる階段に降りました。
そうしてイアンは、ふふっとごきげんそうに笑って、
とつぜんユキのせなかと足をもって、かかえあげました。
おどろいて言葉にならないユキにむかって、
イアンはにっこり笑って、とぶように階段をさがってゆきます。
「高いところ、こわいんだよね?」
ああ、とようやく意味がわかったユキでしたが、階段の下のほうをみると
アンリは、にたにたと意地の悪い笑みを浮かべ
ベルは、きゃあきゃあといつもより楽しそうにさわいでいるのが分かりました。
ユキはとてつもなくはずかしい思いがしてきて
おろして と言おうとしましたが、あまりにイアンが笑顔なので言えませんでした。
ユキはため息をついて、ただただ
早く階段が終わってくれないかなあとそれだけを考えていたのでした。
2011.08.07