夜楽と別れてから、イアンは街を目指して歩いていました。
街は白くかがやき、その光を頼りにイアンは歩いていますが
夜の世界は本当に暗くて、ちゃんと街に向けて歩けているか
不安な気持ちでいっぱいでした。
そうしてしばらく歩いていると、
街の白い光とはちがう明かりが、ぽぅ と前の方に灯ります。
それが何かはわからないけれど、イアンは少しほっとして
その光に向けて走っていきます。
その光との間が縮まるにつれて、
その光が木のようなものからたれさがって灯っていること
そして、黒い布をまとった女の子が木の上にいることが
わかりました。
「こんにちわ。あなたがイアンなのね」
女の子は読んでいた本から目をはなして、
じいっとイアンを見つめました。
女の子はとてもやさしそうで、そのほほえみは
とてもきれいでした。
「そうだよ。きみは?」
イアンは、夜楽から教えてもらった「アンリ」「ベル」「ユキ」の名前が
この女の子のものではないと知っているような気がしました。
女の子は、イアンの問いに悲しそうな顔をしてこたえます。
「・・・わたしの名前を知りたいの?」
彼女は本当に、悲しそうな顔をしていました。
イアンに怒っているのでもなく、せめているのでもありません。
ただ、女の子が傷ついていること、そして
イアンをかわいそうに思っているような気さえしました。
「それがイアンにとって良いことなのかわからない」
そうして女の子は、ほろりと涙をこぼしました。
イアンはぎくりとして一歩後ろに後ずさります。
女の子の涙がこぼれるたび、
イアンは胸がざわめくのを感じました。
それは おそろしいほどの力をもっていて、
こわいという気持ちすらおぼえたほどです。
その心に合わせてか、
イアンのはいているズボンの黒色がぺりぺりとはがれていきます。
イアンはその時はじめて、
最初はスボンが白色だったことを思い出しました。
そして、夜楽とあって話してから、はいあがるようにして
黒色がスボンにしみついたのだと。
「どうか、何にもまどわされないで」
「これから先、あなたが何をえらぶとしても・・・」
「大事なのは、えらんだ後に何をするかなのだから」
女の子はきれいな、すきとおった目で
イアンを見つめます。
イアンはそのやさしさに、うつくしさに
顔をくしゃりとゆがめて、女の子から
逃げるようにして街の方向に走ってゆきました。
走っている間、イアンはずっと女の子のことを
背中で感じていました。
きっと女の子はこんなことをしても
怒るどころか手を振っているような気さえします。
イアンはあの子がきらいではありませんでした。
いい子だと、やさしい子だと、友だちになれそうな子だと
思ってはいたけれど
このよくわからない胸のざわめきがそれをゆるしませんでした。
この気持ちがどういう名前なのか
イアンにはさっぱり分からなかったけれど、
ひとつだけ
心につよく思ったことがありました。
「 もう、会いたくない 」
できることなら、ずっと。
2011.03.27.UP