何かスイッチが入ったような、ぶつり という音とともに
小麦色の髪がまぶしい少年 は目を開けました。
どこまでも広がる、白の地面と闇色の空でできた世界に
少年は、少しも怖さを感じませんでした。
むしろ、どこか安心できるような、
このまま先へ行けば、いいことが待っているような
そんな気さえしました。
とはいえ、先 といっても、どこが前のなのか
後ろなのかよくわからない世界だったので、
少年はその深い青色の瞳で あたりを見回して
何かないか ようくさがします。
すると、だいぶ、だいぶ先に何か街のようなものが
ぽつんとさびしそうにありました。
少年は、顔をほころばせて
街に向けて足をすすめようとした、その時です。
白い地面が黒ずんで、そこから ぐじゅぐじゅと
紫色の煙がのぼってゆきます。
そして、そうまもなく、女の人がふわりと地面から出てきました。
「やあ、どこにいくんだい?」
女の人は、からからと笑って、とても楽しそうです。
ただ、その笑い方は、美しいけれども どこかぞっとするような
怖さをたたえていました。
この世界の空は闇色ですが、それよりもずっと 深く 恐ろしい色が
彼女を包んでいるかのようです。
「あの街のほうへ」
怖いなと思いながらも、少年ははっきりと答えました。
すると 何かが気に入らなかったのか、彼女は少し不機嫌そうです。
「ふうん、やっぱり君は気に入らない。」
ため息をつきながら、ふわりと浮きながら、くるんくるんと回って
だだをこねるように文句を言います。
その度に、彼女の腰に結っている帯が大きくゆれます。
その帯の色は赤黒く、血を思わせるような不気味さでした。
「君は要らないけれど、これから知りあう君の仲間には興味がある」
「ぼくの仲間?」
「そうだよ、君はこれから仲間ができるはずなのさ。教えてあげようか?」
少年は、少し迷ったものの、こくりとうなずきました。
すると彼女は にいぃ と笑ってつらつらとしゃべり始めます。
「君はこの道すがら、3人の子どもと出会う。」
「アンリ、ベル、ユキ・・・まあ、あったら名を教えてあげるといい」
「・・・名を教える?」
「そうさ、4人で行動するんだ、名前くらいないと呼ぶ時不便だろう?」
少年は色々と聞きたいことがありましたが、
彼女は勝手に満足したようで、次の話題に移っていきます。
その深い紫色の瞳は、けだるそうに少年を見つめ、少年は身をこわばらせました。
「そう、君の名前は イアン 。」
「イアン・・・?」
少年は、口の中で、頭の中で、イアン と繰り返します。
繰り返すたび、イアンという言葉は自分の中にじんわりとなじんでいくようでした。
しかし、そうして少年がイアンとなじんでいくにつれ、白と闇色の世界は
おののくように、忌わしいとでもいうように、ゆらめいています。
彼女は待ってましたとばかり、その変化を笑顔で迎えましたが、
少年のほうは少し不安そうにその光景を見ていました。
「なに、心配することはないよ。名で君をしばろうとも思わないし、できないのだからね」
「名前なんてただの記号さ。それの意味さえ知らなければ」
さあ と彼女は飽きたようにあくびをして、ゆるゆると空中を下がってゆき、
ぐじゅぐじゅとしている黒の地面に帰ろうとしています。
少年はあわてて、彼女に声をかけます。
「あなたの名前は?」
黒の地面に吸い込まれていく彼女は、はじめてイアンに興味を持ったかのように
きらりと輝く目で彼を見返しました。
「あたしは、夜楽 。」
「イアン、君がその意味を知る時、はじめてあたしをつかまえられるだろう」
「4人の中で、一番むずかしいだろうけれど、ね」
そうして彼女は、黒の地面にとぷんと消えてゆきました。
そこには、ただ、ぽかんとしているイアンだけが取り残されていました。
2010.12.23up