桃の原を歩いていると、暗闇の空を飛びながら
緑色の何かがベル達たちを見下ろしていました。

じっくりと眺め、そしてその何かは桃の原のおわりに降りてゆきます。
ベル達はその姿を目にとめて、それが次の試練に関わることかもしれないと
おしゃべりをやめてまっすぐ歩いていきました。

緑色の何かは、大きな鳥でした。

ただ、緑なのは、その大きな体をおおう布地の色で
鳥自体は鮮やかな虹色でした。
その体はとても鮮やかで、そして光り輝いており
緑の布地がなければ、まぶしくてとてもまっすぐみれないような気さえします。

鳥は、その美しさを自慢に思っているような目つきで
高らかな声で歌うように、はなしかけてきました。


「わたくし、歌うのが大好き。誰か、歌の歓びをしらなくって?」


少年達が目を見合わせていると
突然きれいな歌声が、あたりにひびきました。
びっくりしてイアンが周りをみわたすと、思いのほか近くに
その声の主はいました。

高く、しかしのびやかな声で歌うのは、ベル。
その瞳は、鳥と同じように光に満ち満ちています。
鳥は満足したようで、ベルをじっとみつめます。


「そう、あなたがベル」

「美しさと鈴の名前をほしいままにする人の子」

「ふさわしいのね、わたくが認めてさしあげる。」


ほめられたベルが ふふふ と笑っていると、鳥も同じように
笑って、何気なく問いました。


「上手く歌うのには、何が大事?」


それが試練なのだと、少年達が気付いたころにはもう
ベルは答えてしまっていました。
さも、当然といった顔で。



「聞くこと!」



理由は? と鳥が聞くと、意味がわからないという風に
ベルは首をかしげて答えます。


「ちゃんとまわりを聞かないと、それって歌じゃないわ。ただの音だもの」


いぶかしげなベルの表情に、鳥はからからと笑いだしました。


「そうね。喉を通って出る音を、意味のあるものにするには周りの音を聞かないとはじまらない」

「空気を。目線を。他の音を。意味を。それを聞いて、意識して初めて『ただの音』が『歌』になる」

「そして、それは、『歌う』ことだけじゃなく、『話す』ことも同じ」



ユキとアンリは、鳥の高らかな声を聞きながら、この試練は
歌を上手くうたう方法ではなく
『話す、とは何か』を問うているのだと気付きました。
しかし、ベルとイアンはうまく分かってはいないようで
鳥の言葉をただぼうっと聞いているようです。


「わたくしから見たら、人は『話す』のがとっても下手」


「自分の心の声を聞いてほしい・分かってほしいと、言葉を発するばかりで」


「他者も同じなのだと気付かないで、すれ違ってばかり」



「なんて寂しくって滑稽な生き物。わたくし、人が嫌いよ」



アンリはその言葉を聞いて、この鳥はひねくれ屋なんだろうとおもいました。
試練の中身をそのまま明かしてはくれないし、ほめたと思ったら
答えを逆手にとって人をなじる。
あまり好きなやり方じゃないけれど、試練だもんなと半ば納得しようとしたとき
目の前のベルの肩がわなわなとふるえていることに気がつきました。
それは、初めて見る、ベルの怒りでした。


「『嫌い』って、とっても相手を傷つける言葉なのに、簡単に使うのね」

「私たちのことも、私たちの気持ちも、何も見ずに、何も聞かずに!」


まくしたてたベルは、しかし
『それなら人と同じ』と、その言葉を言う事はありませんでした。


鳥は驚いた後、下を見て
しばらく黙りこんでしまいました。
そうして、とても小さな声で何かをつぶやいたようでした。
ただ、よく聞こえなかったらしいベル達が何も言わないでいると
鳥は怒ったように大きな声でいいました。



「通るといいわ、って言ったのよ!」




とたんに笑顔になるベル達に、鳥はふんと鼻をならして
ばさばさと飛び去ってゆきました。


鳥が飛び去った後に、桃の原のおわりに階段がすうっとあらわれて
ベル達はきゃいきゃいとはしゃぎながらわたってゆきます。




鳥はその姿をはるか上から見下ろして、彼らが無事にわたったらしいことを
確認してから、後ろの方に話しかけます。


「姫は気に入らないでしょうけど。わたくしだって気に入らないわ」


鳥と同じように暗闇に浮かぶのは、夜楽でした。
その顔は、かなり不機嫌そうです。

「なら通さなければよかったのに。虹の君はずいぶんと意地悪だ」


虹の君は、最初からベル達を通す気はさらさらありませんでした。
しかし、相手の気持ちを考えずに人をなじった自分に
「人と同じ」だとついぞ言わなかった少女は
人が大嫌いな自分の気持ちを考えたのだろうと思うと
通さずにはおれなかったのでした。

理不尽なことにはしっかりと怒り、しかし
その怒りのさなかでも相手をおもいやることのできる
しなやかでたくましく、なにより優しい心の前には。


夜楽は、虹の君の心を見透かしたうえで、はっきりと告げました。




「だからこそ、通してはならなかった」



虹の君は、まっすぐ夜楽の目を見返しました。
その瞳はしずかな怒りをたたえています。

「いいえ。『だからこそ』よ。あんなに優しい子たちだもの」


その言葉を聞くなり、美しい夜の姫は
まるで炎になったかのように怒りだしました。
あまりの怒りに、暗闇はおののき、ざわつき
その暗闇を深くしたり、逆に明るくしたり、ゆらぐようでした。
姫は、ふるえる声で、なかば叫ぶように言いました。


「みんな、あの子達の幸せを願っている」


「でも、誰も信じてはいない」





2013.0114 up