道なりに進んでいくと、ぽつぽつと桃色が地面にしみ込んでいるのに

気がつきました。

とてもやわらかなその色に心がうきうきとして、歩を速めていくと

そのうち白の世界が様変わりしていました。

 

あたり一面が桃色となり、

足もとはふわふわとして、歩くたびに桃色が空をまってゆきました。

さわさわと桃色がまうと、とてもすてきな香りが鼻をくすぐります。

 

白の世界にすっかりあきていた4人はきゃいきゃいと騒ぎますが、

そんな彼らをずっと見ているものがいました。

 

桃色を身にまとって、樹のようにたたずむのは、大きな猫でした。

その瞳はふかいふかい緑色、ただただ穏やかで

何かを見通しているような気さえします。

 

その猫にさいしょに気づいたのは、ユキでした。

ユキは自分よりもずっと大きい猫になぜか、怖さは感じませんでした。

その猫が何のために、ここにいるかがわかっているのに

それでも、怖くはありませんでした。

 

「何を、ためすの?」

 

 

ユキは猫に近づかずに、ただそれだけを問います。

その問いかけに、他の彼らも猫がいることに気付いたようでした。

その大きさに、多少のおびえを瞳に宿して。

猫はぽつりと問いました。

 

「きみの知恵を、示せ」

 

 

 

深い深い緑色の目、ふかふかとした灰色の体を覆う桃色の花、

言葉少なな猫の様子を、ユキはじっくりと時間をかけてみました。

そして、一歩一歩、猫のそばまで近づき、

ちょっとだけ猫の体を触りました。

猫は少しびっくりして瞼をまかかせましたが、ユキを拒む様子はありません。

ユキは見上げて様子をうかがうと、ふかふかした灰色の体を抱きしめたのでした。

猫の体は思いのほかあったかくて、ユキの体にじんわりとそのあたたかさが

つたわってきます。

 

猫は目を細め、なるほど、と一言だけ言いました。

しかし、ユキ以外の子供たちは訳がわからなそうにこちらを見ています。

猫はむこうにいる子供たちにむかって、話し始めました。

その言葉は先ほどと違い、言い淀みがありません。

 

 

「彼女は、そばにいて抱きしめることを知恵とした」

 

「知恵を、分けへだてがなく、人を喜ばせるものとするなら」

 

「それだけで事足りる」

 

 

それなのに、人はとかく忘れがちだと猫はぽつりと付け加えました。

さみしげな色をたたえたその声に、ユキは心配そうに顔を見上げます。

猫の瞳はたしかにユキを見ているのに、そのはるか遠くを見据えているようです。

 

「人は、様々なものをつくり、世の理をときあかし、出来ぬことをなくして

 いきたいようにみえる」

 

「しかし、争いはおきつづける」

 

 

「その争いの中で、抱きしめることそれだけで無くなるものもあるのに」

 

「まわりの煌めいた物に気を取られてばかりだ」

 

 

ユキはぎゅうと猫を抱きしめて、私は大丈夫と言いました。

しかし、猫はかぶりをふりました。

 

「不思議なことに、人と言うのは」

 

「何も持たずして生まれた時に大事だと思ったものを、大人になると簡単に軽んじる」

 

「飾った言葉と知識で、貶め、それよりも大事なものがあると信じ込むものだ」

 

 

猫の言葉にユキの瞳に悲しげな色が浮かんできた時でした、

他の子供たちがユキの背中に抱きついたのは。

ユキがびっくりして後ろを向くと、そこにあるのは3人のかがやくような笑顔です。

真っ先に言葉を発したのは、意地悪く笑うアンリでした。

それに続いて、ベル、イアンが言葉を重ねます。

 

「もし、ユキがそんな大人になったら俺が皮肉ってやるよ」

 

「私ね、私はね、ひっぱたいてあげる!思いっきり!」

 

「僕は、いっしょになやんで、いい方向にいけるように考える」

 

 

ユキは3人の笑顔が移ったように、ほっこりと笑いました。

猫はため息をつき、困ったように、本当に、困ったように笑いました。

 

「これで通さないのは無理がある。望むのなら、通るがいい」

 

 

 

 

きゃあきゃあと子供たちがさわぎながら遠くの方に去ってゆきます。

猫は、その姿をじいっと見ながら、言葉を発しました。

猫の後ろにいる人物に向かって。

 

「何かご不満でもおありか、夜楽の姫」

 

「大いにあるね、桃の君」

 

地面の黒い染みからぼこぼこと出てきた夜楽は大層不服そうな顔をしています。

しかし、言葉を返す桃の君と呼ばれた猫の方が、その顔は忌々しげでした。

 

「こちらの身にもなって頂きたいものだ」

 

「最初に通した雪の君も、私も、悩んでいるのだから」

 

「彼らの幸せというものを」

 

 

夜楽は桃の君をせせら笑い、吐き捨てるように言いました。

 

「それはそれは、ありがたいことで」









2012.0513 up